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カテゴリー: AWAKE

誰かが言った

気楽な人生の方がいいと。

そんな人生あるわけがない。
気楽な人生を選べば
何かにすがり自分で選択の余地を失う。
だからマスクも外せない。

人に与えているようにみせて
人から奪うビジネスをして
互いにマウントを取り合っている。

やりたい事が見つかれば
カッコつける必要もなく
思い通りにならなくても荒ぶる必要もない。

10代、20代で自分の乗るべき波を
見つけられた人は本当にラッキーで最高だ。

私はデザイナーにはなれない

心から共感できる場合と
信用できるアートディレクターがいない限り
私はクライアントの望むものを作りません。

共感できないものを良しとしていると
感性が鈍って何がよいか分からなくなり
かえって闇をかかえることになります。

簡単便利やデータと
利潤ばかりを追い求めると
いわゆるダサいものが生まれ
企業文化も育まれません。

これは大金持ちにはなれない考えでも
当事者しか得られない
充実した楽しい人生を送れるはずです。
これはお金では買えません。

改心

意図的な人口削減をしたとしても
残った人の心が変わらなければ
本質的に何も変わらず歴史を繰り返す。

やはり中身

仕組まれた価値観を放り投げて
カッコつけるのを止め
自分と向き合って
好奇心と行動力で経験を積み
利他的な目線で何かを形にできる人は
人を喜ばせ癒せる力をもった
最高に幸せな人ですね。

世間がほっとくはずがありません。

楽しみながら苦しみながら

今の世界にワクワクもしなければ
不安もなく心配事もない。
つくづく人間界というのは面倒で

あれこれ考えず批評もせず
目の前にやってきたら受け入れて
楽しみながら時には苦しみながら
やるしかない。

他力本願で与えられて
生きるのも気楽でいいけれど
可能な限り自分で作った方が
楽しさは100倍。

お金やモノに囚われたり
成功失敗なんてただの出来事にすぎず
気にするだけ時間の無駄です。
無理に意識的にならずに
心から好きなことをやろう。

ただ思うだけ

生活やお金、自己満足のためだけに
仕事をしている人と

誰かの役に立とう
誰かに楽しんでもらおうと思って
仕事してる人とでは

簡単なメールの文章ひとつを見ても
技術面、精神面、金銭面においても
40歳で大きな差が顕著に現れる。

心がけは早ければ早い方がよく
外見や目先のことに捉われずに
直感を信じて磨き続けることが
本物の自信に繋がる。

誰かを出し抜くことや
競争や社会で勝つ方法だけよりも
大人が伝えなくては
ならないことじゃないかな。

矛盾をなくす

コンセプトの深度は
モノの仕上がりに大きく関係します。

例えばサステナブルを謳うわりに
道端のゴミは見て見ないフリをするなど

そういう矛盾を抱えていると
流行りにあわせて
デザイン性やアート性を求めてしまい
客観的な視点を忘れるので
創作したストーリーでは
思ったように人に伝わりません。

情報整理し写真作りと言葉選びを丹念に行い
奥行きを出していく作業の上でも
一本筋が通ったモノを作る上でも
我々含め発信者側の矛盾がないことが
よいモノを作る必須条件と考えています。

ものづくりはその人の人生まで表す
魂を削る難しい作業です。

物事人

目で見たことを信じず
心で感じたものを信じるようにしている。

脳で考えるとその時の感情や
ネガティヴに引き寄せられるから
無意識、自然体でいられれば
良い方向へ導いてくれる。

結局のところ何をしてても
必要なタイミングで
必要なものがおのずとやってきて
必要のないものは引き止めても離れていく。

利他

利他的な選択で人生は大きく変わる。
それもすごいスピードで。

利己的な選択は、何もかもが的外れで行き詰まる。
自分の思ってることが現実を作ってくんでしょうから
常に自分の性格や精神状態を省みる必要がある。

商売の仕方も、仲間や家族、他人に対しても、
利他的に考えることと、配慮ができていますか?

これができれば本質的な顧客満足度と
好循環に繋がっていく。
後は全部ひっくるめて楽しんで一歩一歩。

求めれば

求めるほど、どつぼにはまっていく。

大飯を食らえば病気に、物に執着すれば依存症に、人に求めれば承認欲求の奴隷に、情報に囚われれば嘘を見破れず洗脳されていく。

それが楽しい、それが気持ちがいい、満たされていると感じるのは恋愛と同じ報酬系脳内麻薬のせいであり、有限で、有限だからこそ、次々とターゲットを見つけては欲していく。食べても食べてもすぐにお腹かが空くし、心と体は時間をかけて疲弊していく。

目標を達成したい、結果が欲しい、創作したい、あの服が欲しい、あれが食べたい飲みたい、それができないなら死んだほうがマシというのは本質をついていて、本当に死んだ方がマシで強制的に解放されるから魂は楽になれる。

本当は、やらない方が楽しくて、求めない方が満たされて、信じられないほど活発で軽快な状態になる。欲求から自由になれば、必要で心から満たされるなものだけが必要なタイミングで手に入る。入らないということは自分の人生には実は必要がないということ。

何かをしたかったら、何もしないこと。無理までしてやることはない。今やらなければならないことは目の前に既にある。まずは食事を1日1食から。

親父の小言

朝きげんよくしろ
人には腹を立てるな
恩は遠くから返せ
人には馬鹿にされてよい
年忌法事をしろ
家業には精を出せ
働いて儲けて使え
人には倍にしてやれ
女房は早くもて
ばくちは決して打つな
大めしは喰らうな
自らに過信するな
火事は覚悟しておけ
戸締まりは気をつけよ
何事も身分相応にしよ
神仏はよく拝め
火は粗末にするな
風吹に遠出をするな
年よりはいたわれ
子供の言うことを八九きくな
初心は忘れるな
借りては使うな
不平は言うべからず
難渋な人ほどこせ
義理は欠かすな
大酒はのむな
判事はきつく断れ
貧乏は苦にするな
水は絶やさぬようにしろ
怪我と災いは恥と思え
産前産後、大切にしろ
家内は笑って暮らせ

誰のための仕事か?

万人が良しとする大義名分があるか?
自分の利益や打算が優先されていないか?
人を利用することを考えていないか?
自分のやっている仕事は、誰の何の為の仕事か?
それをやっていて楽しいか?

再考する。

何でも考えておくと後が楽。

山に登れば、その承認欲求は消滅する

承認欲求がない。なくなったという方が正しいのか。いいねと言われても、自分で納得してなければ満たされないのを分かっているから、評価を気にして表現することもモノを作ることがない。

できなかったことができるようになった、成長した、いいもモノが生まれた、あの全身で感じる幸福感さえあれば十分で、結果的に人が喜んでくれる連鎖が続く。

お腹いっぱい食べる必要も、着飾る必要も、カッコつける必要も、必要以上にモノをたくさん持つこともない。なにかを成し遂げる必要もなく、普通で十分。

思い通りにコントロールしてなにかを得ようとすれば関係性が崩れ、十中八九失敗に終わる。

純粋な創造欲と心地の良い静けさだけが残る。マズローでいう6段階目の自己超越欲求、高原経験というのか。

実際、山を登ることはこの体験に似ている。山に登れば、承認欲求なんて小さなものは消えさり結果もついてくる。これはサーフィンにもない登山の魅力の一つ。

大義名分

言動に大義名分があるか常に考えると、抽象度が上がり、うまくいく可能性がさらに高くなる。

他人と比べて優越感や劣等感を感じる心や、誰かの目を気にした選択はすべて排除する。

表層的に自身の欲望を満たす以外に、大義名分があれば、時間かかっても信用を得て、いい結果が生まれる。

二宮尊徳

道徳なき経済は罪悪であり
経済なき道徳は寝言である。

名言。